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たくさんの子供達がいます。だから、かれらの代表として、私達がはじめてサポートを始めた子供たちの紹介をしましょう。
<マリア&マウラ>
私等が最初にサポートを始めたのは、笑顔の可愛い利発な男の子(と信じていた)のはずだった。
ママさんボランティアを通じて、学校に行く意志を確認する段階で、「彼女は・・・」と始まったママさんボランティアの言葉に「いや、彼でしょう?」と聞き返した私の言葉は、一同の大爆笑を買ってしまった。
そのマウラに、家は無い。父親も3年ほど前に他界している。
以後、母親がマウラと二人の弟を連れて、生活費を稼ぐべくトレドという田舎から出てきたらしい。
以来、路上生活だ。 トイレはガードマンの目を気にしつつサントニーニョスクウェアーのものを使用し、弟二人は(4歳と2歳)幼いので、道路の端っこで用を足していた。 最後の始末は・・・・し・な・い。
母親は、未だ42歳で名前はロウェーナ。 ママさんボランティアに寄れば、子供の世話を放棄し夜な夜な何処かへ出掛けてしまい、子供達は食事さえ事欠く生活をしているという。
衣服はホコリにまみれ、汗臭く、サイズも大人のものを被っているだけの上、破れ・ほつれているが裁縫の痕は無い。 顔や体は、色も黒いがホコリと垢と汗まみれ。オーマイゴッド!
どうしたらいいのだ!
とにかく、学校に必要な学用品を買い揃えて、(全部で、870ペソ=1500円ぐらい)スカート、の制服を着せてみたら・・・・確かに、女の子だった。
通学が始まり、嬉々として通っている姿を見たときは嬉しかった。 (馬子にも衣装ネエ)
年が明けて、久し振りにサントニーニョへ行くと、アラー!!! 田舎から、マウラの直ぐ上の姉=マリアが居た。 学校に通いながら、住み込みのお手伝いをしていたが、お金が無いとの理由で追い出されて、母を頼って出てきたらしい。
マリアは礼儀正しいお利口さんタイプ。 妹が学校に行くのに、姉は行けない?? 困った。
結局、年間の費用は3000ペソ=6000円ぐらいという事なので、姉のマリアもサポートすることにした。
しかし、母親の育児放棄状態を市のソーシャルワーカーに相談すると、弟二人は孤児院へ預ける事になり、マリアとマウラは、NGOのリホックという団体のシェルターで暮らす事になった。
一年がたった頃、リホックのシェルターが閉鎖となり、彼女たち姉妹の選択は二手に分かれる。
マウラは他のシェルターへの入所を選び、マリアは成人した姉(が居たのだ!まだ居たか!!)との同居を選んだ。 姉とて、自分がようやく暮らしてゆけるだけの貧しい生活。
果たして、どちらの選択が賢かったのか? その回答は、将来の彼女らの姿が答えてくれるだろうと思っている。
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