「驚異の国」インド、そして「神秘の国」ネパールを同時体験してみたい。。
きっとそんな希望をお持ちの方々もいるだろうと思い、企画したのが「インド+ネパールプログラム」。今回第1回目として、2006年3月21日〜4月4日の2週間のスタディツアーを行った。


当初、目標は6名くらいの方が参加してくだされば、と思っていたのが実に11名の方よりお申し込みを頂戴した。インドとネパールの両国に飛んでいる日本からの航空会社はTG(タイ航空)のみなので、タイ航空利用で、11名中関空発は5名、名古屋発2名、成田発3名、そして福岡発が1名の参加となった。

私自身はグループの方たちよりも遅れて3/25の深夜にコルカタ入りしたので、3/22-3/28間のインドでのボランティア活動レポートはありません。 インドでの活動はこちらをご覧下さい。

では、私の個人的な見解?かつ感じたまま報告させて頂きます。

3/21(火) 日本発−バンコク経由でコルカタヘ(深夜到着)
まずは、関空にて5名の方を見送ったそこでのヒトコマより。。。

関空発は11:10、よって空港での待ち合わせを2時間前の9時に設定。 かおりちん、ちえぽん、ちぐちぐ、まいこちゃん、あれっ?けいこちゃん(別名:はらたいら)が未だ来ていない。。でも、すぐに5名が揃い、TG(タイ航空)のカウンターへ。 

余談・その1
けいこちゃんのことを、私たちスタッフの間では勝手に「はらたいら」という名称で呼ばせてもらっている。そのことを彼女に伝えると、可愛く笑ってくれていたが、そもそも、少し天然ボケ(ごめんよ〜!!)のところがあるようだ。 書類を送る際に、ご実家の住所を確認したく、電話で訊ねた。住所に‘ハラ’という地名が入っていたので、「原っぱの原ですよね?」と聞くと、「はらたいらのハラです。」と答えた彼女。「はっ?? それって、ひらがなですけど・・。」と大笑い。それにしても20代前半の彼女が‘はらたいら' を知ってるとは。。。おまけに、「クイズダービー見てましたよ。」等と言っていた。 おいおい、年齢サバ呼んでません、けいこちゃん!!??

5名のスーツケースを持ち上げてびっくり。5名中、明らかに3名ほどは30kg程あるのではなかろうかという重たさ。かおりちんは旅なれているのかなかなか上手く荷物を詰めたようで、スーツケースではなく大き目のスポーツバックという身軽さだ。
一人一人でチェックインをすると明らかに、荷物の超過料金を課せられると思い、「5名は友達同士で一緒に旅行をするから、皆の荷物がお互いのスーツケースあちこちに入っている。」と説明をし、グループでのチェックインを認めてもらった。今回利用したタイ航空のカウンターのお姉さんは、「いいですよ。」と親切に言ってくださったのでひとまず、「ほっ」と安堵。
そしてひとまず、「行ってらっしゃ〜い!!、またあとで、インドでね。」と5名を見送った。

余談・その2
実は昨年の10月に他の航空会社(仮にCとしておこう)で生徒さん数名を見送った際、セキュリティの関係とかで、グループチェックインを認めてもらえず、一人一人のスーツケースを量られ、28.9kgで¥20,700、30kgで¥28,000、35kgで¥68,800の超過料金を払ったケースがある。航空会社によってその対応は様々だが、20-23kgまでに抑えておくのが無難でしょう。

バンコクの乗り換え地では、関空出発組、名古屋出発組、成田出発組3人のうちの2人、そして福岡発の1人とも無事会えたようで、コルカタヘ向った様子。 バンコクで会えなかったかよちんとは、無事、コルカタ空港到着時(深夜0:15、つまり3/22ということ)にあえたようで、空港で出迎えてくれた現地コーディネーターのカロルとも無事会え、計11名がそろってそれぞれのホームステイ先へ向うこととなる。

3/22(水) 午前:ホスト先にてゆっくり滞在。 午後:マザーハウスボランティア登録
私は同行していませんが通常のスケジュールは以下のとおり
前夜、0:15にコルカタに到着した皆さんはきっと疲れていたはずで、きっと昼くらいまでホスト先にて休んでいたことと思う。
午後、15時あたりに現地コーディネーターのカロルがホームステイ先を車で周り、迎えに行って、マザーハウスの登録にお連れする。

3/23(木)市内観光 
毎週木曜日はボランティア活動がお休み。 よって、この日はコルカタ市内の観光。(昼食付き)


3/24(金)〜3/28(火) ボランティア活動+英会話レッスン
それぞれが登録をしたマザーハウスボランティア先での活動、及び夕方は英会話レッスン。

これら、コルカタでのプログラムの様子はこちらをご覧下さい。

日にちが前後するが私が出発したのは3/25(土)なので、以下、その際のレポートです。

3/25(土)ボランティア活動+英会話レッスン
関空発は11:10。バンコクまでは所要時間6時間半ほどのフライト。16時くらいにバンコクに到着したものの、次のコルカタ行きのフライトは23:10発のため、待ち時間が7時間ほどある。
この間を利用してバンコクの町へ出ることも可能だが、バンコクは交通渋滞がひどいことで有名。23時のフライトに乗るためには2時間前の21時には空港に戻ってくる必要がある。 つまり、正味5時間しかないわけで、空港-町までの往復にかかる時間、それも渋滞に巻き込まれることを考えると、そうそう安易に観光などしている時間はないと思い、空港内で時間をつぶすことにした。

余談・その3: まずは、ショッピング!! 
JIM THOMPSONをご存知だろうか。 タイシルクで有名なブランドで、私は結構気に入っている。いろいろみながら、とりあえず、ティッシュケース、旅行用のジュエリーケースを購入。ティッシュケースは日本円にして¥750程。ティッシュケースに¥750!!と少し高い気もするが、日本で値段をみると、全く同じものが何と¥1800で売られていた。びっくり!!



のどが渇いてきたのでミネラルウォーターでも買おうと思ったが、タイといえどもさすが空港、日本円にして¥300と非常に高い気がしたのでやめた。 空港内に飲料冷水機があったので、それで済ますことに。

それでも時間をもてあましたので、¥1000をタイバーツに両替。それで国際フォンカードを買い、友人に電話をかけながら時間をつぶし、あとは、寝るなどして過ごした。

バンコク→コルカタは2時間半ほどのフライト。周りを見渡す限り、日本人らしき人はおらず、インド人ばかりだった。

定刻より少し遅れて、3/26(日)の0:30頃にコルカタ到着。深夜にもかかわらず、カロルと息子さんのウスタブが空港で出迎えてくれた。そのまま、カロル宅へ。

3/26(日) ボランティア活動+英会話レッスン
この日は昼ごろまでゆっくりとさせていただき、午後より家の回りを少し散策。
この時、「あぁ、インドに来ちゃったんだぁ・・」という実感が沸いてきた。

ホームスティ先付近の様子

今回が3度目のインドなので特に不安や心配事はなかったが、それでも日本での生活と比べると文化の違いや不便さを感じてしまう。暑さはある程度覚悟していたものの、就寝時の蚊との格闘にはイライラさせられっぱなしだった。
窓には網戸というものがない。窓を閉めてしまうと暑くて寝れないので、窓を開けっ放しにして寝るのだが、もちろん蚊は入り放題。一応、部屋には蚊取り線香(見た感じは日本のものと全く同じ)を焚いてくれてはいるが、あっけぱなしの窓の状況では線香の煙も外にでてしまう。。。 よって、寝る前には虫除けスプレーを全身にふり、プラスキャンプなどに使う携帯用の電池式のベープマット?を枕元におき、そしてベットには蚊帳をはってもらうという状態での就寝。

ホームスティ先


トイレ(水洗)とシャワーは同じ空間。 


3/27(月) ダヤダンでのボランティア活動
この日一日だけ、ボランティア活動を行う予定にしていたので、One day passをもらう為にマザーハウスへ朝7時に向った。 通常は、月・水・金の午後15時が登録受付時間になっているのだが、この登録をした場合は翌日からのボランティア活動となる。 よって、一日だけボランティア活動を希望の場合、その日の朝7時にマザーハウスの本部へ向かい、Sister Karina(白人のシスターで外国人ボランティアの担当をしている)より手書きのパスを頂かなければならない。


手書きパス、名前・日付・施設の名前とSister Karinaのサインが入っている。

朝5時半に起床。 私は朝食は食べない習慣で、日本ではいつもコーヒーのみで済ませている。
しかし、こんな早朝にホストにチャイを頼むのも気が引けたが、ママは(といっても私と年齢はさほど変わらず・・・、ホストシスターと言ったところか。)快く、あとでまた寝れるから、とチャイを作ってくれた。本当にインドの家庭は皆親切であったかい方が多い。

6時半に手配してもらった車に乗り(早朝はバスが未だ動いていないためタクシーを手配してもらう必要アリ)マザーハウスへ。 そこで、プログラム参加者の数名と会うことが出来た。彼女達も自分達が登録している施設ではなく、一日だけ別の施設で活動がしたいとのことでOne day passをもらいに来ていたのだ。

私は、これまでシュシュババンの障害者施設、シュシュババンタドラーで活動をしたことがあったので、今回はカリガートでの活動を希望していたが、この時期カリガートではボランティアが多いとのことでダヤダンで一日活動することにした。

ダヤダンに到着したのは8時過ぎ。まず、子供達のベットメイキング。シーツをとり、固く絞ったタオルでマットレスを拭く。そして新しいシーツを準備といった作業。

ベットメイキングをしている時に、日本人の女性(20代後半くらい)でいかにも、そこでの活動を長くしているらしき方より「お風呂の方で人手が足りないからちょっと来て。」とお呼びがかかった。 もちろん、必要であれば喜んで、「は〜い!」と手伝いに行った。

次々と子供達の服を脱がせ、風呂場へ送り込む。ほとんどの子供が障害を持っており、自分では歩けなかったり、体が硬直している子もいるので、風呂場の床に寝かせた状態でお湯(水?)を浴びせ体を洗う。と、同時に歯磨きもさせている。
泣きじゃくっている子も多く、しかし、そんなことは気にしている暇はなく、今度は脱衣所のベットに流れ作業的に子供達が運ばれる。 私の仕事は、その子供達の体を拭き、服を着せてあげること。 

余談・その4
どこにでも、‘主’はいるもので、ここダヤダンでも。会社で言うならば‘お局さま’的存在(?)
泣きじゃくっている子供に英語で「きれいになったね〜、何で泣くのよ〜。」とか話しかけながら体を拭いていると、上記の日本人ボランティアより一言「英語は通じないから。」と言われた。 そんなこと、わかってるっちゅうねん!! 日本語で話しかけるよりは、英語の方が耳慣れてると思って、英語であやしてるだけだろうがぁ〜!!
しかも、「もっと早くして、後がつかえてるから。」だって。 むかぁ〜とする気持ちをぐっとこらえた。

ダヤダンでの活動がはじめての私にとって、お手伝いの順序、やり方は教えてもらわないとさっぱりわからないもの。 体を拭く作業にしても、丁寧にやさしくしていたつもりだが、それよりもスピードが必要みたいで、それなら、もっと「そんなに丁寧にしなくっても大丈夫よ。次々来ちゃうからもう少し早く拭いてあげて。」とか、もっと言い方があるだろうが!! おまけに、ベッドにひいていたバスタオルでまず体の水分をふき取るつもりで子供の体を包んだら、「それ、体を拭くヤツじゃないから。拭くのはこれ。」と、ふきんみたいなタオルを放り投げられた。 そんなん、言ってくれんとわかるかっっちゅうの!! 仕舞いには、「早く、服着せてあげないと風邪ひくよ。」とか・・・ 今度会ったとき、覚えておけ〜!!

何とかお風呂は終わり、次は膨大に積み上げている子供達の服の整理。きれいにたたみ直し、スカート、シャツ、ズボン、下着等種類ごとに棚に直した。

そして、昼食介助。これまた、気持ちよく食べてくれること、そうでない子がいる。
私が担当した子供は、ゆっくりではあったが、スプーンを口元に持っていくと、口をあけ食べてくれたのでよかったが、他の日本人ボランティアがお世話をしていた子は、口すら開けようとせず、しかも、何とか口に運んだ食べ物も吐き出してしまう有様でなかなか苦労していた。


最後に、屋上に上がり、乾いている洗濯物を取り込む作業。
それを畳んで整理し、一日が終了。。。 どっと疲れた(精神的に?)半日だった。

お昼にひとみちゃん、まこっちゃん(このお2人はインド+ネパールプログラムではなく、「マザーテレサプログラム」にCECから参加していた。)とOberoi Grand(コルカタの超一流ホテル、宿泊は到底出来ない代わりに頻繁に待ち合わせ場所として使わせてもらっている。)にて約束をしていたので待ち合わせ、そしてマレーシア航空のオフィスへ向った。

というのは、今年の3月までマレーシア航空はコルカタへの便を運航していたのだが、何故か4月より運休となってしまった。 ひとみちゃん、まこっちゃんはCECからの参加者で3月出発者。2人とも4月以降に帰国予定だったが、コルカタから便が飛ばなくなった為、その代替便の手配のためだ。 2人とも、インディアンエアーラインの国内線をコルカタ→チェンナイ(インド)まで手配してもらい、チェンナイ→マレーシアはマレーシア航空にてつなぐというルートとなった。

しかしながら、まこっちゃんは、コルカタ出発の当日(4/11)インディアンエアーラインの出発が遅れたことにより、チェンナイ発のマレーシア航空便に乗り継ぐことが出来ず、その日一晩チェンナイで過ごすこととなったのだが、このドタバタはまた、次回何かの機会に話すことにしよう。

5/6にコルカタを出発予定のひとみちゃん、まっこちゃんみたいなことにならないように無事に帰ってきてね。

マレーシア航空のオフィスにてひとみちゃん、まこっちゃんと別れ、近くのカフェで昼食。ここは、現地コーディネーターカロルのお勧めの場所でもあるらしく、割とこぎれいで種類も豊富。現地の方でにぎわっていた。


すると、携帯に電話が。。。 インド+ネパールプログラム参加者のひとりちぐちぐからだ。背中に発疹が出来て痛い、たまたまプログラム参加者のかよちんが看護士で、彼女曰くヘルペス(帯状疱疹)ではないかとの事。とりあえず、ホームステイ先で休んでいるように伝え、彼女のホームステイ先へ向った。

ちぐちぐ本人は、体がだるいとか熱っぽいとか気分が悪い、といった症状はないとの事なので、ひとまずは安心。しかし、プログラムは未だ中盤で2日後の3/29にはネパールへ移動予定。スティ先のお母さんがかかりつけのドクターを呼んでくれるとの事で、診てもらった。
診断結果、やはりヘルペス。ストレスや疲れからも起こるようで、発疹は神経にそって出るため、かなり痛いらしい。その痛みさえ何とか我慢できれば、薬を飲んでいれば治るという事、旅行を続けても大丈夫ということで、ちぐちぐも一安心。


痛さをこらえてピースサインのちぐちぐと友人のひろこっち
ホームステイ先にて

ドクターに家まで来てもらった際の診察代は日本円にして約¥600と驚きの安さ。
薬代が塗り薬、飲み薬、1週間分で約¥2,300、計¥2,900の医療費はもちろん、海外旅行傷害保険をかけていっていたので、保険会社より支払われました。

そんなこんなで、ホームステイ先に戻ってきたのは夜の8時くらいだったろうか。
朝5時半起床の長い一日でした。。。。

3/28(火) ボランティア活動+英会話レッスン
ちえぽんのホストを尋ねました。 ちえぽんのホストはカロルの仕事を手伝っているシュブロさん宅。 私もお会いするのは今回で3度目で、奥さんも娘のミティカちゃんもとっても可愛らしい方たちだ。



ちえぽんの部屋、シンプルですが快適です。

その後、家に戻ってコルカタ最後の夕食を頂いた。

ホームステイ先での夕食。 カレー味一色です!!

3/29(水)「いざ、カトマンズへ!!」
今回、カトマンズでの滞在をホームステイではなくホテル滞在にしたのは、ホームステイ先の数が未だ今回の参加者数ないという事情と、インドでホームステイ体験をしてもらい、湯船はなく水のシャワー、紙の流せないトイレを経験した後に、せめて、気持ちのいいお湯のシャワーでも浴びることができれば・・という思いもあってのことだ。

インドでの最終日、空港より一番遠くにホームステイをしている方よりバンにて順番にPick upし、空港に向った。そこで初めてプログラム参加者の11名との顔合わせ。ほとんどの方は説明会でお顔あわせをしているが、中には電話のみでの説明で申し込んだ方もいる。
書面にて、「皆さんより遅れてコルカタ入りし、一緒にネパールへ向いますのでよろしくお願い致します。」とお知らせしていたにも関わらず。「あれっ、オオヨシさん、インド来るなんて聞いてないよ〜!」とか言われてしまった。


これからカトマンズへ! コルカタ空港にて
ハーレム状態のシュボーさん(この日、カロルは別の用事で空港にこれませんでした。)


コルカタ→カトマンズのインディアンエアーライン

コルカタ(13:40発)→カトマンズ(15:10着)はインディアンエアーラインにて約1時間15分のフライト。あっという間にカトマンズ到着、空港でネパールのVISA申請をし(これは非常に簡単!)空港ではChyawanが出迎えてくれた。

9ページ目 カトマンズ到着
3/29続き

空港からカトマンズの中心地、タメル地区に位置するホテルへは車で40分ほど。インドとは少し違った町並みを見ながら向った。ちなみに、インドとネパールの時差は15分というこれまた中途半端なもの。時計を15分進めることをお忘れなく。(インドが12:00ならネパールは12:15。)


ホテル到着。 今日からのスケジュールを確認。


ホテルの前は商店街?

ホテルのロビーで軽くブリーフィング、ここで、私たち12名+あゆみんが加わった。
あゆみんは、ネパールのプログラムに1週間参加している方なので、ホテル滞在ではなくChyawan宅にてホームステイをしている。丁度私たちグループと参加時期が重なったので翌日から始まる小学校でのボランティア活動を一緒に行う。
それぞれのホテルの部屋にチェックインして、グループに別れ、19時くらいまで次の日の小学校での活動に関して準備をしてもらった。

小学校でのボランティア活動に関して
コルカタでは介護ボランティアを体験していただくため、カトマンズでは敢えて小学校でのボランティア活動を組込んでいる。 学校から英語・算数・スポーツ・音楽・折り紙のリクエストを言われていたので、12名の参加者をそれぞれ、2-3名のグループに分け一教科担当してもらった。 どの教科を担当するかは出発前に決まっていたが、参加者の12名は北は北海道から南は福岡まで、出身はばらばら。よって、日本にいる間にお互いに電話連絡はとっていても、顔合わせは出来ていないし、どういった風にクラスを勧めるかの話し合いも出来ていないことが多い。準備するもの、例えば折り紙を担当するかよちんとちえっちは事前に電話で連絡を取り合い、何枚くらい折り紙を用意するか、折り紙の本は、と話をしたくらいのようだ。コルカタ滞在中もお互いのホームステイ先はばらばらでボランティア先も違うため、カトマンズ入りして初めて打ち合わせの時間がもてる、ということ。

19時頃、Chyawanはあゆみんとさよっぺを連れて帰宅。 そう、さよっぺは、インド+ネパールプログラム参加者で当初、スケジュールどおりの参加を予定していたが、学校の都合により、1日早く帰国しなくてはならなくなった。 よって、ホテル滞在ではなくホームステイ滞在となった。

この日の夜はホテルのレストランで夕食をとることにした。


そして、その後解散、というか自由行動。

次の日のボランティア活動に緊張や不安を抱えている方もいたようで、その後もお互いの部屋を訪ね、打ち合わせをしていたグループもあったようだ。
英語レッスンを受け持っていたあやねぇはピアニカで英語の歌を教えるべく、一生懸命その練習をしていた。最初、ひっかかりながら弾いていたピアニカの音は、夜遅くなるにつれて、スラスラと弾きこなしていた。 そして、翌朝にも、またその音色は聞こえていたので、本当に頑張りやさん、と関心させられた。

3/30(木) 午前:小学校でのボランティア活動 
午後:小学校のある村(チャパゴン)とパタンのウォーキングツアー

ホテルでの朝食
ホテルでの朝食はバイキング形式で、紅茶かコーヒー。 特に時間を決めていたわけではないので、各自好きな時間に1Fのレストランで朝食をとるようにした。





そして、9時ごろ、Chyawanの迎えでバンに乗り込み、小学校へ。 カトマンズ市内より小学校のあるチャパゴンという村までは約50分ほどの距離。

小学校でのボランティア活動初日
まずは、校長先生の部屋で簡単に挨拶、それからボランティア活動へ。
当初の予定では、この日3時間/3クラス受け持つことになっており、時間配分は;
1時間目10:15-11:00、
2時間目11:00-11:45、
3時間目11:55-12:35
だったのだが、開始したのが10:30頃だった事もあり、1時間目と2時間目が引っ付いてしまい、2クラスとなった。 また、一クラス平均25名ほどと聞いていたが、学校に来ていない生徒も多くいたため、一クラスの人数が少なくなってしまったせいで、2つの別々のクラスを一つにし、その為、クラスの人数が30名以上となったり、ということもあった。


折り紙担当クラス


算数担当クラス

しかしながら、これに関しては誰も不満を言うこともなく、「日本のように予定通りにはいかないよね。」くらいの気持ちでおおらかに、臨機応変に対応してくれたことが非常に嬉しかった。 そういう意味では、今回の参加者は本当に、柔軟な考えの持ち主ばかりであり難かった。

チャパゴン
13時くらいにボランティア活動を終え、チャパゴン村のウォーキングツアーへ。
これには、小学校の生徒も数名一緒についてきた。






カトマンズやパタンとは違い、本当に田舎。 のどかな村民の生活が伺える。 この村では独特の風習があるようで、例えばまだまだ、保守的な考えもあり、例えば結婚となると同じ村の人同士での結婚が主流とか。 また、方言?とでもいうのか、この村で話されている言葉は、他のネパール人では通じないこともあるそうだ。

その後、専用車にてパタンへ。パタンはカトマンズ市外でチェイワンの住んでいる町でもある。
といっても、パタン-カトマンズはバスで10-30分(交通事情にもよる。)で片道¥18ほどなので、非常に近い。 


パタンのカフェでの昼食。 ここの店員は聴覚障害者。よって、オーダーは筆談で。

昼食を採ったあと、ウォーキングツアー。途中、スーパーマーケットでミネラルウォーターを買うなどして、パタンの商店街を散策しつつ、あやねぇがネパールのカレンダーを見つた。それに群がるように他の方たちも・・・。 小さな商店が一時日本人客でにぎわい、店のおじさんあたふた状態でした。


パタンのスーパーマーケット


カレンダーGET!!



パタン、ダルバールスクエア

そして、中心地であるダルバールスクエアーへ向った。パタンのダルバールスクエアでは、通行料200ルピー、約¥400が必要。



余談
ダルバールスクエアーとはその町の中心に当たる広場のことでどの町にもある。地元民は無料で行き来できるが、外国人の私たちは通行料を払わなくてはいてない。
スクエア(広場)なので、自由に行き来でき、その為、通行料を払う小屋?を見過ごしてしまいがちだが、通行料を支払った際のレシートを持っていないと、時々、「通行書/レシートを見せて」とチェックがあるので要注意。パタン、バクタプル、カトマンズそれぞれのダルバールスクエアーを比べても面白いかも。


物売りのおばさんと

余談:
どこにいっても、特に観光客が多いダルバールスクエアーでは、物売りのおばさんに子供達にと群がってくる。 この布製のポーチ(首からかけられて、なかなか便利物)は最初、1枚$(¥120)とか言っていたのに、無視しているといつの間にか「10枚250ルピー(約¥430)」となっていた。 「はっ??」 それなら、と10枚購入し、数枚ずつ、皆で分けたのでした。

チェイワン宅訪問
その後‘チェイワンお宅訪問’もさせてもらい、お庭でビスケットとチャイを頂いた。

チェイワン宅のお庭。 右が奥さん。


チェイワン宅、停電中・・・

18時過ぎくらいに公共交通手段であるバスにてパタンよりカトマンズへ。
交通事情にもよるが、すいていれば15分ほど、混んでいれば30分ほどの距離でバス代は9ルピー(約¥18)、ホテルに到着したのは19時くらい。そこで解散。お昼をカフェでしっかり食べたためか誰も夕食を食べに行こうと言い出す人はおらず、私もスーパーで買ってきたカップ麺+パンで済ませた。


夜のカトマンズ、お祭り?

余談
ホテルのスタッフはとても親切で、カップ麺を見せるといやな顔一つせず、「部屋までお湯を持っていくよ。」とスプーンやフォークまで用意してくれる。こんなとき、必ず礼儀としてチップを渡すようにしたいものだ。日本ではチップの習慣がないのでなかなかなれないけど、ほんの気持ち程度、10-20ルピー(約¥20-40)でいいと思う。

19時頃、Chyawanはあゆみんとさよっぺを連れて帰宅。 そう、さよっぺは、インド+ネパールプログラム参加者で当初、スケジュールどおりの参加を予定していたが、学校の都合により、1日早く帰国しなくてはならなくなった。 よって、ホテル滞在ではなくホームステイ滞在となった。

この日の夜はホテルのレストランで夕食をとることにした。

そして、その後解散、というか自由行動。

次の日のボランティア活動に緊張や不安を抱えている方もいたようで、その後もお互いの部屋を訪ね、打ち合わせをしていたグループもあったようだ。
英語レッスンを受け持っていたあやねぇはピアニカで英語の歌を教えるべく、一生懸命その練習をしていた。最初、ひっかかりながら弾いていたピアニカの音は、夜遅くなるにつれて、スラスラと弾きこなしていた。 そして、翌朝にも、またその音色は聞こえていたので、本当に頑張りやさん、と関心させられた。

次の日のボランティア活動に緊張や不安を抱えている方もいたようで、その後もお互いの部屋を訪ね、打ち合わせをしていたグループもあったようだ。
英語レッスンを受け持っていたあやねぇはピアニカで英語の歌を教えるべく、一生懸命その練習をしていた。最初、ひっかかりながら弾いていたピアニカの音は、夜遅くなるにつれて、スラスラと弾きこなしていた。 そして、翌朝にも、またその音色は聞こえていたので、本当に頑張りやさん、と関心させられた。

3/31(金) 小学校でのボランティア2日目
午後:自由行動

前日と同じく、朝食はホテルにて各自とり、ホテル出発が9時ごろ。
この日の学校でのスケジュールは以下のとおり;
1時間目10:15-11:00、
2時間目11:00-11:45、
3時間目11:55-12:35
4時間目12:35-13:15

しかしながら、前日と同じく、予定はあくまでも予定であってもその通りには行かないもの。 この日も1クラスの生徒が少なかったりしたので、2クラス引っ付いて1クラスになったりしたため、前日受け持った同じ生徒を数名再度教えることになったりした。
しかし、現地の生徒はとても純朴で文句を言うわけでもなく、参加者の日本人ボランティアは少し「同じ内容を教えるのは・・」と少し躊躇していたが、これもまた柔軟に対応してくれたこともあり、無事活動が出来た。


スポーツのクラス、大縄を。


英語のクラス、英語の歌を。


音楽のクラス


学校での交流会
13:30-14:30は全校生徒(約80名)と日本人ボランティアの参加者の交流を深める意味で、学校側がダンスやゲームを企画してくれた。




ダンスを披露


ボールをまわして爆弾ゲーム

14:30-15:00
その後、学校が簡単なスナック+チャイを用意してくださり、先生方と参加者との交流会でお互いの自己紹介やお互いの文化や風習を知る意味でちょっとした談話会的なことをした。

小学校の生徒、生徒達に別れを告げ、専用車にてパタンへ。
私とちぐちぐ、あゆみん、かよちん、さよっぺの5人はパタンで下車、その他の方々はカトマンズへと戻っていった。

パタンでの自由行動
私たち4人はパタンのドカイマ(地球の歩き方にも載っているアップルパイがおいしくて有名)でお昼を食べたく、パタンゲートのすぐ近くのレストラン、ドカイマに向った。食べたものは全ておいしく満足、満足。




アップルパイ、レモンケーキとアイスクリーム、それぞれ約¥160也。

そして、かよちんがサリーを見たいということで、パタンのお店にて購入。
日本でサリーを着る機会はあまりないし、自分では着れないのでお見せの方に着せてもらって記念撮影。 かよちんは日本でダンス(あれっ、何のダンスだっけ? ベリーダンス??)を習っているとの事で、このサリーの生地で衣装を作るんだとか。きっと素敵な衣装が出来るでしょうね。



その後、カトマンズへ戻る。 この日の夕食も、昼食を遅くに食べたこともあり、簡単にホテル近くのパン屋さんでパンを買ってそれで済ませた。

余談
ホテルのあるタメル地区にあるパン屋さんは夜の8時以降になると確か30%だったか50%だったか安くなる。 味も日本の物に似ていてなかなかおいしいのでお勧めですよ。

4/1(土)バクタプルツアー(オプション)
希望者のみ参加というオプショナルツアーだったが、結局全員参加。
10:30にホテルを出発して専用車で約40分ほどでバクタプルへ。途中、事故で横転しているトラックを発見。死傷者がでていないことを祈るのみ・・・。

バクタプルは赤茶のレンガ造りの建物がびっしりと並ぶ古い町。「リトル・ブッダ」という映画をご存知だろうか。その映画の中で出家前のシッダールタ王子が過ごした都の様子のほとんどは、このバクタプルとパタンで撮影されたそうだ。


このバクタプルの中心はもちろんダルバールスクエア。ここを通るには外国人の私たちは通行料を払わなくてはならず($10)しかし、これはツアー料金に含まれている。

ニャタポラ寺院

トウマディー広場のニャタポラ寺院は五重塔で、正面の石段両側には下から順に、戦士、像、獅子、グリフィン、女神の石像が守護神として置かれていて、それぞれ下の動物の10倍の力を持つといわれているそう。 この石段に登ることができるので、上段からは広場の賑わいを眺めてみることをお勧め。



バクタプルでのランチもツアー料金に込み。なかなか雰囲気のある素敵なレストランでの食事を頂けました。


少しお疲れのまいこちゃん、早く元気になって!!


4/2(日)終日フリー
この日は自由行動でカトマンズ最後の日。 まずは、ホテルより徒歩10分くらいのカトマンズのダルバールスクエアーと繰り出した。 ここでの通行料は200ルピー(約¥400)今日のメインは、クマリを拝見すること。ダルバールスクエアにクマリの館があり、時間によって、クマリを拝見することができる。 もちろん、写真撮影は出来ないが、丁度タイミングよく、中庭に面する建物の3階あたりから彼女が5秒ほど顔を出してくれた。周りには、私たちのほか他の観光客がいて、自然と拍手が沸きあがった。
恥ずかしそうにそれでも少し微笑んで顔をのぞかせた彼女は恐らく未だ5−6歳といったところだろうか、そんな幼い彼女が国王をもひざまずかせる力を持っているというから驚きだ。

クマリの館入り口


クマリの館 一番上の窓よりクマリが顔を見せてくれた。


その後、「地球の歩き方」にも載っている、「スノーマン」というケーキ屋さんでティータイム。チーズケーキやチョコレートケーキなどおいしかったですよ。



そして、解散して、数名と共にカトマンズを散策。
途中、どこだかわかんないけど寺院を見つけて写真をパチリ。変な(失礼)僧侶?とも記念撮影。もちろん、チップを払ったのは言うまでもありません。(10ルピー約20円ほどですが・・・)




そして、カトマンズで是非よって欲しいのがこの石屋さん(といっても、墓石ではない。)昨年、訪れた際にもここで、いくつか、オニキス、ムーンストーン、ターコイズ等のペンダントトップを購入。お店のお兄さんは私を覚えていてくれ、今回は数名の生徒さんたちと訪れた。今回も私は10個ほど、リングやペンダントトップ、指輪等をゲット。日本円にして¥600-700くらいなので非常にお買い得です!! ちなみに私はお店の回し者ではありません。念のため。。





4/3(月)最終日
10時半ごろホテルを出発、空港へ。 お世話になったChyawanとの別れを惜しみつつ、一路バンコクへと向ったのでありました。

今から空港へ。 ホテルの前で記念撮影。


空港にて、チェイワンとお別れ・・


カトマンズよさようなら

4月4日(火)日本到着
バンコクでは、成田組、福岡組と別れを告げ、私を含む関空組の6名は関空へと向ったのでした。


バンコクにて解散。 お疲れ様でした。