阿多佐知子さん
LONDONイーストボーンで12週間の英語研修の後、インディペンデントのプロジェクトに派遣される。クライアントは体の不自由な青年。日夜、彼のお世話に励んでいるが、このボランティアを経験して得たことは、「ちょっとした事でくよくよしたり、悩んだり、驚いたりしないたくましさ」と佐知子さんは笑顔で話してくれた。
「身も心もたくましく」
佐知子さんの一日は午前6時から始まる。まずは起床して自分の仕度をする。クライアントを起こすのは6時半。朝は弱いのでなかなか起きてくれない。毎朝「Give
me 10 mins.」といわれ、しばらくはそっとしてあげるが、その後は容赦なく起こしに掛かる。まずはおしめを取り替えて着替えをさせる。着替えさせるときは体も拭く。身支度ができると、朝食を作り食べさせる。すべて佐知子さんが手となり足とならねばならない。食後の歯磨きを終えると、佐知子さんはさっさと後片付けをし、7時48分発の電車に乗るために駅へと急ぐ。
佐知子さんのクライアントはLONDONでプログラマーとして働いており、毎日電車で約1時間掛かる道のりを通っている。車椅子を押して佐知子さんはその出勤に付き添う。家より駅まで近いので良いが、電車に乗せる事と階段は佐知子さんにとっては苦労だ。もちろんとても一人で車椅子を担ぐ事はできない。たいていは誰かが手伝ってくれるが、時には自分から声をかけなければならない。そんなときはどうしようかと戸惑っている間はなく、また、英語でどのように言おうかと考えている間もなく、とにかく声をかける。そうしなければ電車に乗り遅れてしまうからだ。無事に電車に乗り、通常9時前には会社に到着する。会社到着後は迎えに行くまでは、佐知子さんの自由な時間となる。
この時間を利用していったん帰宅し、自分の事をしたり片付けをしたりする。または、隣町のローチェスターの公園や川辺でゆっくり過ごす。しかし、たいていは佐知子さんもロンドンに残り、観光をしたり映画を観に行ったりとゆったりと時を過ごすようにし、たまに研修時代の友人と会い、楽しいおしゃべりをする。この時間が朝の、また夕方からの忙しさから佐知子さんが開放される時でもあり、有意義に使おうと心がけている。
今は英語教室に通うことを考えてもいる。そうすればクライアントともう一人のボランティアの3人だけの狭い世界でなく、友達ができ世界が広がるのではないかと、何事も積極的な佐知子さんである。
このようなゆったりとした時間を過ごした後、5時15分に会社にクライアントを迎えに行く。迎えに行った時点でその日の残業があるかどうかがわかる。残業がある日は2・3時間待つこともある。もしくはクライアントが友達と一緒にパブに行くとなれば、佐知子さんもそれに付き合う。帰りが夜中になることもある。
通常は6時半から7時ぐらいに帰宅する。帰宅後はすぐにおしめを変え、着替える。そしてお茶をいれ飲ませてやり、急いで夕食の準備に掛かる。「この食事がまた大変で」と佐知子さんはこぼす。というのはクライアントはかなりのグルメで、味にはうるさい。パスタとチーズが好きなのでそればかり作っていると佐知子さんは苦笑いする。
夜、片付けを終えるとクライアントの入浴時間だ。こればかりは一人ではできない。もう一人のボランティアワーカーと一緒にする仕事である。二人でバスタブにいれ、体を洗うのである。力はとてもついたと佐知子さんは腕を見せてくれた。確かに硬い。体、顔、髪、爪きり、すべてきれいに整えるとクライアントも嬉しい。そんな気持ちを汲んで、佐知子さんは自分のベストを尽くしてお世話をしている。
もちろんこれらの仕事は一人ではできない。もう一人いるボランティアとのチームワークとなる。しかし、最初の頃は自分が何をしていいかも分からなかったし、こんなにハードなのだから止めてやろうと何度も思ったそうである。
例えばおしめを変えるという事も、どのようにすればよいのか全く経験のない事。今でこそ佐知子さんのしやすいやり方ができてきたが、最初は佐知子さんも苦しかったし、それに絶えるクライアントも苦しかっただろうと予想する。また「あれをしてくれ、これをしてくれ」と、なんてわがままなクライアントなのだろうと思っていたと佐知子さんは話してくれた。しかしある時、自分もクライアントに対してベストを尽くしているし、自分の働きも認めてほしいと主張した事で、現在はとてもいいコミュニケーションがもてるようになってきた。クライアントも佐知子さんの働きを認めてくれるし、佐知子さんもそれによって自分に自信がついて、やり遂げようという気持ちがもてるようになってきた。
佐知子さんいわく「最初、クライアントに会った時はショックだった。このように体が不自由な為に車椅子の生活、自分で何もできない、可愛そうだと思った。知らないうちに自分は普通、彼は違うと区別していたからだ。しかしお世話をしていくうちに、そして自分の思いを話し認めてもらえるようになった事で、気持ちは随分変わった。今は同じ人間として生きている。いや、それ以上に尊敬している。なぜならば、彼はとても社交的で友達が沢山いる。家で引っ込んでじっとはしていない。時には彼の障害ゆえに差別と思われるような事があって、一緒にいる私が頭に来ても彼は決して怒らない。それよりもそれを受け入れつつ対応し、そんな人達にもついていく。この強さをとても尊敬している」
このことを佐知子さんはクライアントにも話したそうだ。そうすることで同じ人間として、認め合い、尊敬しあえるようになってきた。
佐知子さんは将来について、まだ自分が何をしたいのか分からないという。この経験をしたから福祉に携わる仕事がしたいかといえば、そうとも思わない。しかし、ここでこの経験をできた事は自分の精神面を強く目覚めさせてくれた。何でもポジティブな方向に考えられる佐知子さん。
「これから日本でちょっとやそっとのことでは驚かないだろう。また、小さな事でくよくよと迷ったり考えたりしない。気を張ることもなく、何事にもひるまず向かっていける強さが得られた事は何事にも変えがたい経験だ」
佐知子さんはそれを得られた事にとても満足感を感じている。
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