Thailand School Volunteer Programme

海外ボランティア タイ・孤児スクール

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タイホームステイ&ボランティアプログラム体験談

参加された方々の生の声をご紹介します。

ホストファミリー
ホストファミリー

ボランティアの人たちが泊まる宿舎には、皆さんの感想を書いていただくためのノートが置いてあります。みなさん、帰国前にこのノートに思いを綴っていただいてます。そのノートから一部抜粋して、ここで紹介しています。

またくるから

ついこの間、この場所に着いたと思ったら、もう日本へ帰る日が来た。
日記を見直してみたけれど、昨日のことのように思っていた出来事が実は2・3週間も前のことだった。長かったのか、短かったのか…。
最初の頃は何をしていいのかわからず、ドギマギしながら、キョドリながら過ごしていた。手伝いをしたくても、上手く出来なかったりもした。
日本語の授業を受け継ぎ、「あ」~「ん」までひらがなを教えた。生徒たちは覚えているか、期待はしていないが、少しでも日本に親しみをもってもらえればありがたいと思う。
タイに来て、いきなり時間割の変る授業や、バンコクでさえ予定時刻に遅れてくるバスなど、最初は驚かされたが今ではそれが大好きだ。
学校での生活は子どもたちと同じ生活を望んでいたので、食事を作っていただいたりすることにとても戸惑った。また行事の時など、イスに座らされた時も少し困った。(子どもたちは床)特別扱いは嫌いだけれど、いきなり現れて子どもたちと遊ぶのには無理があるのだろうか。それでも子どもたちに近づきたくて、ずっと一緒にいたくて、いられる時はいつも子どもたちのそばにいた。子どもたちも受け入れてくれた。中には懐いてこない子もいた。けれどこちらが諦めない限り、その子たちも受け入れてくれる。
ここの子どもたちは、歳や身長の割には大人びた子どもが多い。やはり早く大人になってしまうのだろうか。
この場所で、様々な方々に出会った。子ども(生徒)たちも初め、先生方、現地のボランティアの方々、現地のメディアの方々にも。その出会いの中で、この場、ここの子どもたちに1番必要なものは何なのだろう。ずっと考えていたが、答えは出なかった。私たちボランティアも、ここにいて何になるのだろう。そう思ったこともあった。
なぜならこの場所はすでに完成されていた。子どもたちはお互い支え合っているようだし、小さな子どもの面倒もみんなでみている。とても可愛がっている姿に感動した。食事もそろっている。(たまになかったりするが)勉強する設備も整っている。(他と比べれば)けれど、何かが子どもたちから欠けている。たまに見せる切なそうな顔が、頭から離れない。
小さな子どもはすぐに懐いてくれて、自分たちから甘えてきてくれたりするが、中高生くらいの子になるとなかなか難しい。『言葉』は大事だなと思う。後半、中学生以上の子と少し話したりしていたが、もう少し色々話したかった。今度来る時は、もう少しタイ語を覚えてこよう。言葉が違う場所で頼りになるのはスポーツだ。助けられた。体力もつけてこよう。
今度来る時は、と書いたが、いつになるだろう。来年、すぐにでもまたここに来たい。あの子たちは大きくなっているだろうか。
あっという間に過ぎてしまった3週間だった。
あの子たちのムスっとした顔、こにくたらしい顔、恥ずかしそうに笑う顔、そして満面の笑みを、私は忘れない。
ここでの全ての出会いに感謝している。ここを去るのはとても辛いが、また来る、と思えば。少し離れるだけだ、と思えば。そう思えば離れられる。また、必ずここに来る。それまで、少しの間だけ――さようなら。

無限の可能性

2週間をこの学校で過ごしてみて1番感じたことは、
『子どもには無限の可能性がある』
ということです。
<タイ人の先生方と上手く交流する為に>
・子どもを公平に扱う。
・学校のルールを守る。
・授業の邪魔にならないようにする。
子どもたちも先生方も、ボランティアのことをよく見ています。(何も言いませんが)
意識して活動してみてください。

心から嬉しく思います

GW休みを利用してここにやってきました。短い間だったけど、本当に楽しかった。
子どもたちはみんな太陽のような笑顔で、私は毎日その笑顔に元気づけられました。私は何も出来なかったけれど、みんな私がそこへ行くだけで嬉しそうにしてくれました。
昨日、「明日、日本に帰ります」という話をした時、寂しそうな表情を見せたのを見て、私は涙が止まりませんでした。こんな短期間で涙を流せるほどの出会いが出来たこと、そんなパワーと心を持った子どもたちと一緒に過ごせたことを、心から嬉しく思います。
ありがとう。

悲しい出会いに感謝

3週間の生活が、今日終わります…。とても寂しいです。
今回私は、言葉がなくても伝わるものはあるのかを知りたいと思って来ました。その答えは見つかりました。子どもたちはたった3週間しかいない「イープン」を拒むことなく、たくさんの子どもたちが関わってきてくれました。けれど、新たな課題も次々と出てきました。言葉のない状態で、子どもたちの気持ちをどう受け取るか。伝えたくても伝わらない苛立ちを、どう解消するか。関わりが深くなっていく子どもたちとの距離のとり方。使える手段……日々悩みました。ボランティアとしている意味も考えました。
たった3週間しかいない自分に、いったい何が出来るのか…。
結局はっきりした答えはみつかりませんでした。でも昨夜のお別れで、涙まで流してくれる子どもたちを見て、来て良かったなと思いました。
本当は深入りせず、少し遠くから関わった方が子どもたちにとって良かったのかもしれません。まだまだ悩みはつきません。ですが、私は今回のこの出会いに感謝します。こんなにも嬉しくて、こんなにも悲しい出会いに感謝します。
ありがとう!

またまた帰ってきました

ワットサケオに!
僕は日本では一応会社員の一員なので、ボランティアに行くとはいえそう簡単にお休みをもらえません。しかし、僕の情熱とパワーで上司を動かし、なんとかタイのお正月であるソンクラーンにここに来ることが出来ました。
チェンマイでのソンクラーンを何度も経験しているので、きっとワットサケオの子どもたちも盛大に水掛をするものだと思っていましたが、何とほとんどの子どもが修行の為に、お坊さんや先生方の話に何時間も縛られていました。
今回僕とこうせい君は、そんな子どもたちの為に水掛を仕掛けました。実は修行中は水掛をして遊ぶことはいけないと、先生から聞いていました。ですから子どもたちは水鉄砲で遊ぶことすらしていませんでした。
ですが、僕らが大型の水鉄砲で仕掛けるとどうでしょう。子どもたちは修行の袈裟を着ているのも忘れ、みんなで水掛合戦となりました。
もちろん、それを見ていた先生方は怪訝な顔をしていましたが。

明日、私は帰ります

2週間滞在をして、とても楽しい時間を過ごしました。初めは何をどうしたら良いのか全然わからず、外から見ているだけでした。他のボランティアの人もいず、手探り状態でした。それではいけない、今回の目的が達成出来ない、そう思い自分から子どものたちの中に入っていくことにしました。
「ボランティア」という言葉の意味を考えると、私は今回、子どもたちに何をしてあげたのかと考えてしまいます。
「笑顔」「優しさ」「強さ」色々な表情を持っている子どもたちが、私は大好きです。
ですが良いところばかりではありません。少し離れたところから見てみて下さい。色んなことが見えてきますよ。

みんな心豊かな人たち

今このノートを目の前にして、私は悲しくなってしまいました。というのも、タイで過ごすのも明日で終わりだからです。10日間、色々ありました。色々の中に、必ず誰かがいつも助けてくれたということが含まれています。タイの人はみんな優しくて、フレンドリーで、タイで出会ったデンマークの方も日本の方も、みんな心豊かな人たちでした。
私は生きている限り、誰かと関わるということを強く感じました。しかしはたして、私は誰かの役に立ったのかと常に自問自答しています。
本当にお世話になりっぱなしでした…。

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