海外ボランティア活動・CECジャパンネットワーク

参加者レポート

オーストラリアで日本語教師アシスタント No2

いよいよ派遣先のキャンベラへ
シドニーのセントラルステーションからバスで3時間20分後にキャンベラへ到着。ホストファーザーが待っていてくれた。車を駐車しているところが遠かったらしく、私の重い荷物を持ってそこまで運んでくれた。今までたくさんの家庭でホームステイをしたが、この家の広さはずば抜けている。500平米あるということ。なんとプールまでついている。
庭には、小さな子供くらいのチェスとそれにあうチェスボードが・・・すごい。まさに迷子になりそうな感じ。ホストマザーは産婦人科のドクター、ホストファーザーは、大学で働いているそうだ。

子供は男の子3人。どの子もよい子そうで、すごい家族だなあ、と感心。普段は、子供たちの面倒と夕食などはNanny(子供の世話をしたり夕食を作ってくれたりする人)が来て面倒を見てくれる。

学校での教師アシスタント初日
6:30起床。着替えなどを済ませ、キッチンへ朝食を食べに行く。シリアルとコーヒー。その後、サンドイッチをチキンとチーズで作る。チキンは、まるごとのをスライスする。日本ではあまりないが、結構おいしい。

8:30にホストファーザーが車で学校まで送ってくれる。まず、日本語の先生のところに行く。笑顔の優しそうな先生でほっとする。それに日本語がとても上手で、字もへたな日本人より上手でびっくりした。高校生のときに交換留学で1年日本におられ、日本の大学にも1年ほど行かれていたそうだ。

この学校は、男子校で日本でいう小学校4年生から高校3年生までのエスカレーター式の私立校。ただ、あまり態度が悪かったりすると退学もあるらしい。

私が最初に受け持ったのは6年生のクラスで30人くらいの生徒がいる。9.35-10.25まで。私の簡単な自己紹介と生徒たちの自己紹介。日本の地図がプリントとして配られていて、主要都市の名前の発音練習をした後、ひらがなと英語で書き込んでいく。

日本語プログラムスタッフレポート日本語プログラムスタッフレポート
学校の日本語の先生の教室

その後は、モーニングティー(RESESS)で、職員室(といっても日本のようにそれぞれの机があるわけではなく、広い部屋の真ん中に大きなテーブルがあって、席が決まっているわけではなく適当に座る。)に行って、何人かの先生方を紹介してもらった。ただ、先生やスタッフの方が全部で100名以上おられるとのことで、全員覚えるのは無理そうだ。

次は、11:20から12:50分まで2時間続けてのYear10(中3)のクラスに行く。自己紹介も名前だけでなく、趣味や住んでいるところなども言うことができる。

この授業では、未来形の導入。~するつもりです、~する予定です。 2つのグループに分け、一つは先生、一つは私が受け持っていくつかのセンテンスを練習する。最後の15分位を以前途中まで見ていたという「シャルウィダンス?」を見る。みんな静かに見ていたが、授業終了の時間になると出て行く生徒がいて、なんだか不思議だった。

その後は、ランチタイム。また、職員室に行ってサンドイッチを食べる。この学校は、Junior School(Year4-6)とSenior Schoolに分かれていて、Senior Schoolの方には、もうお二人Year11とYear12のために日本語の先生がおられるとのことで紹介してもらう。私は、一週間毎の交代で、両方の先生につくことになるらしい。

その後は、次の授業のための教材作りを15分ほどして、2:10からYear8(中1)のクラスへ。 この年齢が一番うるさくなるらしく先生がなんどもそういって心配しておられたが、思ったほどではなく、日本の中学生にもこんな子いるなあ、と思いながら授業に参加していた。

今、お金(数字)の数え方を万の単位までしているとのことで、表に数字を書き、裏にひらがなで読み方を書いて、一人がそのカードをもち、他の生徒に発音させる。最初に発音できた人がカードをもらう。結構盛り上がっていた。日本の物の値段あてゲームも盛り上がったらしく、広告などをもっと持ってきたらよかったかもしれない。

最後の15分ほどyear11のクラスに行く。やはり日本で言う高2ともなると落ち着いている。ジョークも言うが、基本的に落ち着いている。人数も15名位だ。

この学校では、Year4~Year6までが日本語必須で、Year7,8は日本語、フランス語、イタリア語から一つ選択することになっている。フランス語はわかるけど、なぜイタリア語なのかと思って聞いてみると、子供たちのおじいさんやおばあさんなどの親類がイタリア人であることが多いそうで、一番選択されているということだった。( 学校によっては、その他、中国語、インドネシア語等々別言語も教えている。)

州によっても選択科目が違うらしい。日本語を選択したとは言っても、year9からは外国語を選択したくなければ選択しなくてもよいようで、そのせいでYear8の生徒の中には授業に身が入らない子がいるそうだ。わかる気がする。

授業終了後、ホストファーザーが迎えに来てくれていた。コーヒーを買って4時ごろ帰宅。ホストファミリーの子供たちは、毎日のようにボーイスカウトのようなものや空手、チェスクラブなどなどに忙しい。一番下の男の子とDuel Master’s Trading Cardやボールで遊ぶ。でも、トレーディングカードは全然意味がわからないが、それでも私と遊んでくれるところがかわいい。

その後、ナニーが作ってくれたチキンとカマンベールチーズの煮込み(?)とゆでた野菜で夕食。そうしている間に8時くらいになり、ホストマザーのご両親が来られ少しお話をする。驚いたことにホストファミリー一家は、イギリスに1年ほどいたのだが、なんとホストマザーが働いていた病院が私がイギリスで福祉ボランティアをしていたときにクライアントさんを連れてよく通った病院だった。世間は狭いとつくづく思った。次のページ