Srilanka Home Stay & Volunteer Programme

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スリランカでのボランティア活動プログラム

スリランカ高齢者サポートボランティア

スリランカ高齢者サポート子供たちと同じ施設には高齢者の人たちも住んでいます。ここの施設なら子供たちとも、高齢者の人たちとも交流できます。日本語でのサポート体制が整っています。女性のみの受入

宝石のように輝く島、スリランカでゆっくり体験

スリランカは、現地のシンハラ語で「光り輝く島」の意味。その名の通りこの国は情熱的な太陽の下、どこまでも続くビーチ、トロピカルなフルーツと緑豊かな自然、そしてサファイヤ、ルビーなどの宝石の産地としてしられています。島の大きさは、およそ北海道と同じくらいです。

1948年2月に独立しましたが、それ以前にイギリスがこの島を統治している期間はここをセイロンとよばれました。有名なセイロン紅茶はこの島から採れた良質のお茶です。

このスリランカでユニークなプログラムを作成しました。ホームステイをしながらゆっくりと時を過ごすものです。時間をできるだけ贅沢に使い、人々の文化に触れてみましょう。孤児院でのボランティア活動も貴重な体験になります。

尚、基本的に日曜日のボランティア活動は行えません。 スリランカというお国柄、日曜日はあまり仕事をしないということと、 朝はミサがあり、その後子どもたちは日曜学校、 また、来客なども多いので、シスターたちが忙しいというのもあります。 どうぞご理解くださいませ。

街中に動物が
人間と共生

自然と共に、動物も人間と共生しています。

ビーチ

ヒッカデュア(地元)のビーチ

ゴールの灯台

ゴールの灯台

参加者の方からのお便り紹介

●スリランカの人はとってもフレンドリーで、すぐに仲良くなれます。何でも教えてくれるので、気になった事があれば積極的に聞いてみるといいと思います。(スリランカの自然や歴史について、学校の事など)

●ボランティア先ではシスターが指示するわけではありません。むしろほったらかしなので、自分で何が出来るかを見つけて積極的に動きましょう。

●スリランカでは、現地コーディネーターのスリヤンガさんとれいこさんが私達一人一人の要望を叶えられるように熱心になってくれるので、とっても安心です。

●スリランカの大自然はとにかく感動するし、癒されます。絶対、また行こうって思える素敵な国です。2週間、毎日を有意義に楽しんで下さい。

参加者レポートPDF
スリランカホームステイ&ボランティアプログラム参加レポート(1.56MB)

スリランカ民主社会主義共和国

スリランカ民主社会主義共和国国旗
国名 スリランカ民主社会主義共和国
地理 南アジアのインド半島の南東にポーク海峡を隔てて位置する共和制国家。現在もこの国の位置する島をセイロン島と呼ぶ。
首都 スリジャヤワルダナプラコッテ
人口 2022万(2006年)
公用語 シンハラ語、タミル語
両民族間をつなぐ言葉(連結語=link language)として英語が使われている。
通貨 スリランカ・ルピー(LKR)
宗教 仏教が70%、ヒンドゥー教が15%、キリスト教が8%、イスラム教が7%。敬虔な仏教徒が多く、慎み深く教養の高い国民性。
経済 主要な産業は、農業と繊維産業。主要な農作物として、米、茶、ココナッツ、天然ゴムなどが生産されている。古くから「宝石の島」として知られ、ルビー、サファイアなどの産出で名高い。
日本との関係 日本は2008年10月以降北部の一般市民に対し、国連世界食糧計画(WFP)経由で約5,250トンの米の食糧援助を実施。また2009年5月1日、国内避難民への人道支援のため400万ドルを上限とした緊急無償資金協力(テント、水等の供与)の供与を決定。また、5月15日に追加的支援としてPKO法に基づき人道支援のための物資協力(約4700万円相当のテント、給水容器、ビニールシート等)を行った。また、2009年に入り、国際NGOを通した地雷除去支援として3件総額約2.2億円の支援を決定した。
政治上の問題 長く続いた政府と、独立を求める北部の組織との内戦が終結、平和の道を進み始めた。しかし、内戦終結時点で約28万人の国内避難民が発生し、政府の設置したキャンプに滞在している。

スリランカへの旅

はじめてのスリランカ訪問記(CECスタッフレポート)

マップ

スリランカへの旅行の方法は、キャセイ航空を利用して、日本→香港→シンガポール→スリランカと飛ぶ方法があります。または日本→バンコク(タイ)→スリランカにはいります

スリランカマップ

私たちの家族は月曜日の朝10時のキャセイパシフィック航空で出発、香港、シンガポールを経由し、到着は夜の20:30でした。

空港にもコーディネーター手配のドライバーが迎えに来てくれていました。今回は家族をともにしての旅で小さな子供がいるために空港近くのホテルに滞在。

スリランカエアで土曜日に出発する便は直行便で到着が夜の19時20分頃という良い便があります。便によっては深夜に到着するので空港近くのホテルで一泊しなければいけません。

私たちもできるかぎり現地に早い時間に到着する便を探して関西国際空港からキャセイパシフィック航空を利用しましたが、次回はタイ航空を利用してみようと思います。

空港からHIKKADUWAまでおよそ3時間の車の旅です。途中、トイレ、お茶休憩をしてHIKKADUWAに向かいました。この町は上の地図の丸枠の辺りに位置します。

スリランカ海岸線の街は津波からの復興でいたるところで家の立替、道路整備が行われています。すでに1年以上経っているのですが、まだつぶれた家が点在していたりするのを見ると痛ましい気持ちになります。このHIKKADUWAの街一体でも多くの方が犠牲になったようです。

日本政府の援助

ここでも日本が力を入れて復興しているようです。日本政府の援助を受けて、被災者の人たちのためのキャンプなどをこしらえています。コロンボからHIKKADUWAまでいくつかの日本の文字とキャンプの名前、そして、国旗を見ながらはしりました。普段日本にいるとまったく気がつかないのですが、日本はアジアのための援助をしっかりとしているようです。ODAに関して、日本ではその是非が問われているようですが、少なくとも地元の人たちは感謝しています。そして現地で働くKUMAGAI-GUMIも現地の人々に貢献していることがここに来てはじめてよくわかります。もっとこのような情報を日本で流すべきでしょう。

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